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イライラ、ムカムカ、ピリピリ、カリカリ(三羽)

震災発生からすでに一月以上経過しました。
最近皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
未だ余震は続きさまざまな被害も絶えず、多くの方々が被災地で苦労なさっている一方、それ以外の地域では日常生活に戻りつつあるという状況かと思います。
当初の、皆で一丸となり必死で生き延びようとしていた状況から温度差が広がった今、皆さんの心境や状態もさまざまだと思います。

震災直後の混乱や不安をやりくりして、普段どおりのご自身を取り戻してのんびり過ごされている方。
落ち込んだり悲しんだりしている方。
必死で毎日を生き延びている方。
いろいろな方がいらっしゃると思います。

今回は、そんな毎日の中で、もしかして、以前と比べてイライラ、ムカムカ、カリカリ、ピリピリしてはいませんか?というお話です。


最近、すぐイラついたり、ムカついたりしてはいませんか?
地震の起きる前だったら軽く聞き流せたこと、笑って過ごせたことが、耐えようもなく腹立たしくなったり、つい声を上げたり、手が出てしまったりってこと、経験していませんか?

実はこれ、意外とよく見られる反応です。
私の周囲でも、パートナーや友人にきつく当たってしまう、子どもにイライラしてしまう、すぐ腹が立つ、などの話を良く聞きます。
気がつかないうちに、前よりもずっと怒りっぽくなっていることって、よくあるんです。

ではなぜ、怒りっぽくなってしまうのでしょう?
過去の記事でも少し書きましたが(「心理学者からの、震災から心を守るメッセージ」「被災していなくても、調子が悪くなって当たり前です!」)、この震災にかかわるストレス、これは、被災地はもとより、非被災地(被災していない地域)でもとても大きいもので、それが心や身体に影響を与えています。

まずは、ストレスによる、全般的な心身の疲弊
こうしたストレスは、心身の健康を蝕み、また、疲弊させます。
心や身体の力が低下していると、普段だったら平気なことからも、より大きなダメージを受けてしまいます。
普段だったら気にしない、笑って聞き流す、きちんと話し合えるようなことが、難しくなってくるのです。
以前なら落ち着いて注意できていた子どものわがままなどに、カーッと怒りがすぐ沸点に上がってしまうとか、今までは苦笑できていた上司の冗談に耐えられないほどにイライラを感じてしまうとか、経験ないでしょうか?
もしそうならば、ご自身の物事を受け止める余裕が、いつの間にか落ちてしまっているかもしれません。
そしてそこで起こるさまざまな感情や、いつもと少し違う経験が、普段とは違った、またはより強い心や体の反応を引き起こすのです。

例えば、「恐怖」
地震によって自分自身や周囲の人たちの命や生活が脅かされたわけですから、それに対して怖くなって当たり前です。
その怖さは、その後、「怒り」に変換されます。
そんな怖い思いさせられるのは、とっても不快なことです。
被災地では、未だ続く余震に恐怖を感じておられる方々がたくさんいらっしゃるでしょう。
被災地にいなくても、被災地で苦しむ人の話を、直接、あるいはニュースを通じて、やるせない思いになっていらっしゃる方も多いことでしょう。
不快な経験させられて腹が立ってくるのは、当たり前の反応です。
でも、今回、怒りの対象である自然災害の震災に直接怒りをぶつけることも出来ず、解決もできません。
そこで、その苛立ちは、自分の周囲に向かって表現されていきます。

また、こうした自然災害の場合、あまりにも大きな力によるものであり、かつ自分自身でどうこう出来る問題ではないことから、人は「私には何もできない」という無力感にもさいなまれます。
震災被害に対していろいろ努力はしているけども、根本的なところを改善するための地震に対する防御策や、原発問題などの改善に対して、一個人ができることは非常に限られています。
何かをしたいと感じつつも「何もできない」という無力感はまた、憤りとなり、怒りへと繋がっていきます
怒りを感じた時私たちの行動のパターンは、大きく分けて二つです。
一つ目は、自分の内側に向かって落ち込むパターン。
もう一つは、外に向かって怒りをぶつけるパターンです。
何とかしたくても、自分に出来ることがほとんど何も無い、自分が出来ることが見当もつかないというような、問題に対して自分のコントロールが及ばない状況というのは本当に精神的に負担が来るものなのです

他にも、大事なものを失ったという「喪失」やそこからくる悲しさというのも、怒りを引き起こし得ます
人によってはこうした悲しさは落ち込む方向へ向かわせますが、怒りへと変わることも多いです。
自分に起こったその不平等な仕打ち、酷い出来事に対して、腹立たしくなるのです。
「なぜ自分だけ?」、「なぜ今?」
他の人や、過去と比較して悲しくなり、そして怒りが湧き上がるのです。
このような、あまり人には言えないようなネガティブな感情は、当たり前のものなのです。

また、過度な自粛ムードで、遊んだり楽しんだりしにくい状態では、「恐怖」や「怒り」などの反応を解消する機会を得るのが難しくなっています。
それに加えニュースでは、政府や企業、またメディア自身の対応の不適切さや不適切発言などについて取りざたされています。

私の周囲でも、それらに対してカリカリイライラしていたり、不適切すぎる言動を生じていたり、政治やその他への憤りから過激な意見を表明していたりしてもいます。
また、日々の報道の姿勢に関しても、いら立ちを感じておられる方も多いようです。

怒りのはけ口・解消が必要な状態なのに、このような状況では、当然各々の怒りは増幅され、そして周囲へ自分自身の怒りをぶつけざるを得なくなります。

皆さんご自身の経験では、どうですか?
ここまで読んでみて、「あ、もしかしたら私も?」と感じられた方もいらっしゃるでしょうか?
まずはご自身の現状把握が大切です。
ちょっと最近の自分自身を振り返ってみてください。


振り返ってみたら、続くエントリ「イライラ、ムカムカ、ピリピリ、カリカリにどう対処するか?」を読んでみてください。

(三羽理一郎 加州公認クリニカルサイコロジストPSY21622)

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