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自己満足を否定した援助行動の危険性(三羽)

前回の記事では、援助における「自己満足」したい気持ちの存在を受け入れることの大切さについて説明しました。
ここでは、自己満足であることを受け入れないままに援助を行う危険性について説明します。

「自分のためなんてことは毛頭無い、あくまでもあなたのための援助です」
これは一見、とても美しいことに聞こえます。
また、そのために、自己満足である部分を否定したくなってしまうのだと思われます。
しかし、この自己満足を否定した考え方は、実は色々な危険をはらんでいるのです。


それはいったい、なぜでしょう?

危険の一つ目。
それは、援助を受ける側へ余計なプレッシャーを与えかねないことです。
援助を受ける人は、物資や安心や自信を得られるという効果の半面、それにプレッシャーを感じたり申し訳ない気持ちになってしまったりするというネガティブな影響が、さまざまな研究から報告されています。
皆さんも、過去の自分自身の経験で、そういうことはなかったでしょうか?

援助する側が自分の自己満足の気持ちの存在を否定して、あくまでも自己犠牲の精神を強く押し出すと、援助を受ける側は
「この人は自分のためだけに自己を犠牲にしてこうした援助をしてくれている、その気持ちに応えなければ!!」
「何だかこんなにしてもらって申し訳ない」
というような気持ちを持ってしまいます。

被災者などの援助を受ける方々が、こうした余計なプレッシャーや申し訳ないという罪悪感を持つ羽目になってしまうとしたら、それは決して望ましい援助行動とはいえません。
考えてもみてください。
援助はあくまでも、相手の役に立ってはじめて目的達成となるのですから。
援助者の考え方や態度から相手に余計すぎる気負いを与えてしまっているとしたら、その援助は成功したとは言えないのです。

危険の二つ目。
それは、援助者側の気持ちに起こる問題です。
援助行動自体の自己満足を否定した援助者は、その充足を援助される側の反応(お礼の言葉や嬉しそうな顔、援助や助言による行動の変化など)から得ようとします。

これらにより充足してはならないというわけでは決してありません。
仮に自己満足を受け入れ援助を行なったとしても、その結果喜んだ相手の笑顔を見たら嬉しくもなりますし、お礼を言われたら良い気持ちにもなります。
そうした気持ちを否定することは、人間の持つ愛情や社会的生物としての人間を否定することになってしまいます。
それはあって良いし大事にするべき気持ちです。
しかし、自己満足で行なわれている部分を否定したまま、相手の反応だけによる充足に頼り過ぎることは危険をもたらす可能性があるのです。

なぜならば、自己満足を否定した援助者は、仮に援助を受けた側が、援助者の期待通りに感謝しなかったり、わがままを言ったり、「無償」で行なった援助や助言にもかかわらず結果として自分の望む方向以外の方向に向かったりすると、腹を立ててしまいかねないからです。
「あなたのためにこんなにしてやったのに!」
「人の善意が分からない!」
「自分勝手でわがままばっかり!」
こうした気持ちがわいてくるのです。
現在もマスコミやネットなどで、そういった声を聞くことはないでしょうか?

そもそも私たちは相手の一生のうちの一部しか援助を通じて関わることができませんし、その援助は自分の余裕のある範囲の時間や金額や労力しかかけていないのです。
ですから、一生のうちのたかが数日、数時間、金額にして数万・数十万程度の関係や援助で他人様の人生を理解して、行動や人生を変えるような口出しをできると勘違いしてしまうこと自体が実際はおこがましいことなのです。

しかし、自己満足を否定した援助者は、他者のためにわが身を削った自分にはあたかも相手の行動や人生を「自分の好みのもの」に変える口出しをする権利があるかのような言動を見せることがあります。
「どうして私の助言の通りにしないのか?」
「私の好意を無駄にするつもり?」
「ここまでやったんだから、きちんと行動してくれなければ困る」
などと。

援助者がどれだけ心を砕いて援助や助言を行ったとしても、その結果相手が人生をどのように選択するかは、その相手だけにある権利です。
援助や助言を取捨選択し、それどう活用するか、どう行動するか、どう生きるかということは、あくまでもその本人が決めることです。

仮にどんな高額の援助をしたとしても、人一人の人生にそうそう口出せることはないでしょう?
「自分はこれだけのことをしてやったのだから、相手の人生に口を出す権利がある」なんて思い上がってしまうのは、勘違いもいいところです。
つまり、援助者が自分の満足のために行なった援助行動に関しては、「相手の役に立てた」こと自体に満足を感じられるようになればそれで十分であり、「援助により相手がどんな反応や行動をしたかということ」からのみにより充足を得る羽目になることはお勧めできないのです。

自分の援助行動が自己満足からきていることを理解し受け入れている人は、その結果としての援助される側の反応(お礼の言葉や表情、援助や助言 による行動の変化など)につい不満を持つことや、期待通りのお礼の言葉や態度、好みの方向への行動の変化などを押し付けることは少ないです。
「自分は、あくまで自分自身のために、自分のやりたいこととして援助を行なった」ということを理解し受け止められているからです。

こうした、自己満足の否定から起きる、援助される側が感じるプレッシャーや、援助者による不当・過度な要求による援助される側と援助する側の苦しさや辛さがなるべく生じないようにするために、かつせっかくの援助関係をポジティブな形で保つためにも、援助者が自身の持つ自己満足を認め受け入れることは大切なのです。

もちろん、先に書いたように感謝や良い反応を受けることはそうした援助者にとっても嬉しいことです。
ですから、お互いのために、援助された側が感謝を感じたときにはいくらでも感謝を表明することは、ポジティブな援助関係を続けるためにも重要です。
「感謝の気持ちを伝える」というのは、何だか照れくさい、タイミングや表現方法が分からないなどの理由から、苦手意識を持つ人が多いです。
しかし、それは援助者側を力づけることにも繋がりますし、その結果、さらに色々な援助を受けられることになるかもしれません。
仮に援助者側が自己満足により行ない、その気持ちを受け入れてられているとしても、当たり前の人間同士の関係として、それに感謝したり、その感謝の気持ちを表すことは、お互いにとってためになることなのです。

また、援助に対して、「偽善行為」だという批判が起こることがあります。
「偽善」とは「うわべをいかにも善人らしく見せかけること。また、そういう行為」(大辞泉)
とあります。

ここまでの文章を読んでいただければ、この批判がいかに的外れなものか、ご理解いただけるかと思います。
援助行動が自己満足であることを理解して行動している人たちは、こういう批判に揺るがされることはありません。
「自分たちは単に、自分のために自分が充足できることとして援助を行っているだけである」という自覚がありますから。
そして、それが相手の役にも立っているのです。
お互いにプラスになることだらけなので、そこには何の問題もありませんよね?

実際、援助の目的として、「うわべをいかにも善人らしく見せかけること」による自己満足を目指していたとしても、その行為自体に満足を感じることができ、かつその結果援助を必要とする他者の役に立っているのであれば、それは大変意義深いことではないでしょうか?
実際のところ、こうした「偽善」うんぬんの問題は、こうした自己満足の部分をきちんと受け入れられていればそうそう起こることではありません。

さて、ここまで論じてきて、援助行動の基本と、それが混乱していることによる問題が整理されたのではないかと思います。
もし、異論や反論や付けたしたいことなどがあればぜひお聞かせください。
そのために、このサイトにはコメント欄が用意されています。

この記事では「自己満足を否定した援助の危険性」について説明しました。
最後にもう一つだけ注意していただきたいポイントとして「援助における安全管理」について、続く記事で森永が社会心理学の視点を中心に説明していきます。

(三羽理一郎 加州公認クリニカルサイコロジストPSY21622)

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| | 2012/06/20 21:07 | |















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